サブカルクソブログ

書くことなくなったんや。

漫画

漫画が好きだ。本を買って読む機会はだいぶ減ってしまったが、最近はネット連載されている無料で読める漫画が多く、よく読んでいる。たまには本屋に行って漫画コーナーをぶらついて、ざっと目を通し、目についたものはあらすじを読んだりもする。そうしていると、「人が死にまくる系」作品の多さに辟易する。
「人が死にまくる系」とはあまりにも直感的な表現だが、つまりはいわゆる「パニックホラー」である(パニックホラーもので必ずしも人が死にまくるわけではないが、ほとんどの作品では人が死にまくる)。理不尽な状況に何人かの人間が置かれ、死と隣り合わせの環境の中で主人公が生き抜いていく、といった類のものだ。
黒い球体に命令されて宇宙人を殺すものとか、ケータイにメールが送られてきて指示に従わないと死ぬものとか、マイナーなところでは、いきなりSNSの世界に吸い込まれ死なないように条件をクリアするものとか、とにかく多い。
昔からの鉄板の恋愛ものとスポーツもの、それに最近台頭している日常系に勝るとも劣らないほどの勢いがあるように感じる。
どうも自分はこの手の作品には疑問を持ってしまう。決して嫌いというわけではなく、読むことには読むのだが、どうしても首をひねってしまう。
そもそも、その残虐性そのものを描きたいのなら単に悪趣味な漫画でしかないし、何か別のことを描きたいのだとしたら、それは人間の生への執着であるとか力強さであるとかあるいは愛の美しさだとかその類であろうが、そのためにわざわざ意味不明な状況を設定し、散々に人を殺すのは些か表現としてはあまり上品でなく、また不器用な、そんな気がしてならない。人を殺す作品と言っても戦争漫画などのそれとはわけが違う(人を殺すことそのものの残酷さを糾弾するものではないからだ)。同じようなものを描く作品なら、先ほど挙げたような恋愛ものやスポーツものとか、あるいは裏社会ものの方がはるかにわかりやすいし、胸を打つ。ミステリー要素を楽しむ作品だとしたらなおさらだ。僕が読みたいミステリーは、名探偵が事件をスパッと解決するものであって、死と隣り合わせという地獄のような環境で大量の犠牲者を見せつけられながら、どうにかこうにか真実にたどり着くようなものではない。
とは言え、そのような残虐性を完全に否定するわけではないし、またそれが一種の表現として十分機能することも認めるが、ただただ自分にはこの手の作品がどうも素直に受け入れられないのである。極論すれば、こういった漫画に自分は心の奥底で穢れに近いものを感じているのだろう。
莫大な量・種類の漫画が市場には溢れていて、本当に面白いと思えるものを選ぶのはとても難しい。さらには、本当に面白いと思えるものを面白いと思うことすら難しくなっている。
そんなことを考えて、ほんの少し悲しくなった。