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書くことなくなったんや。

THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 4thLIVE TriCastle Story 神戸公演に行ってきた(前編)

THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 4thLIVE TriCastle Story」通称「デレ4thLIVE」神戸公演に参加した。すさまじくウオオオオってなったのでどんなふうにウオオオオってなったかを熱が冷めないうちに書いていきます。

①申し込み

今回のLIVEは、先行抽選券がCDについていて、CDを買うとその券でチケットの抽選に応募できるというものだった。そもそも抽選券は、当選すると連番で2席分のチケットが手に入るというものであったので、いかに他人と協力するかが重要になってくる。自分はもともと「LIVEかあ、ふぅ~ん」くらいのテンションであったが、友人Tに「協力せえへん?」と誘われ、まあダメもとで、といった感じで快諾した。と言ってもお互い、抽選券の封入されているCDを各種一枚ずつ買っただけである。Twitterを見ると、同じCDを何枚も、箱で買っているような猛者を見かける。

普通当たらねえよこんなの。

 

当たらねえよこんなの。

 

 

当たったわ。

それもワイの抽選券から。

 

 

普段の行いがよかったのか。コロコロコミックの応募企画の頃から抽選ごとにとんと弱い自分がまさか当選してしまうとは。T曰く倍率は30倍over(ΦωΦver!!)だったとか。これがどれほど正確な数字かはわからんが、まあ要はすごかったってことであろう。特に、抽選券がPS3(であってたっけ、SONYのハードよくわからず)のソフトに封入されていた前回と違って今回は対象がCDなので、売れ行きが段違いだったという要因は大きいと思われる。

まあともかく、自分みたいな新参者が当選してしまっていいのかはさておき、当たったからには全力で行かねばなるまい。かくして準備が始まったわけである。受験生なのに。受験生なのに。

②準備

とりあえずいろいろ調べると、どうやらペンライトを買わないといけなく、しかも乾電池式のはダメだと書いてある。いちばんポピュラーっぽいやつをAmazonで買った。替えの電池もAmazonで買った。それから、折って光らせるウルトラオレンジ(通称UO)ってやつがあると楽しいらしい。これもAmazonで買った。便利な時代である。

それから、グッズの事前販売ってのがあるらしい。公式Tシャツと前川みく(通称みくにゃん)仕様の装身具をいくつか注文した。Tシャツを買ってその場で着るのは厳しいであろうという判断である。あと、前川みくは素晴らしい。

さて、さらにリサーチを進めると「コール」なるものが存在することが分かった。「ッアエーイ!ッアエーイ!」とか「オオォーッハイ!オオォーッハイ!とかそういうやつである。これを覚えて会場で実践するわけだが、都道府県の場所も覚えられない人間がこんなものを完ぺきに覚えられるはずもないのである。

コールで悩んでいるところに、Tから「3rdLIVEのBDは予約したか」と連絡がきた。なんだそれは。聞くと、去年のLIVEの様子を収録したBDが販売されたものの予約が殺到し、一瞬で枠が埋まってしまったというのだ。なるほど、去年の映像を見ると予習になる。後日増産によう再予約の受付が始まったので、ためらわず予約。今度は楽天にお世話になった。便利な時代である。

ここで諸事情により愛知及び山梨で(後者は電波が入らない)一週間過ごすことになってしまう。帰ってくるともうLIVEまで一週間。なんてこった。そのままオロオロしていたら、コールも中途半端、BDも一日目しか見ていないまま当日が来てしまった。一体どうなる!?そしてだらだら書いていたら分割する羽目になったこの記事はちゃんとまとまるのか!?

(「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 4thLIVE TriCastle Story 神戸公演に行ってきた(後編)」に続く)

漫画

漫画が好きだ。本を買って読む機会はだいぶ減ってしまったが、最近はネット連載されている無料で読める漫画が多く、よく読んでいる。たまには本屋に行って漫画コーナーをぶらついて、ざっと目を通し、目についたものはあらすじを読んだりもする。そうしていると、「人が死にまくる系」作品の多さに辟易する。
「人が死にまくる系」とはあまりにも直感的な表現だが、つまりはいわゆる「パニックホラー」である(パニックホラーもので必ずしも人が死にまくるわけではないが、ほとんどの作品では人が死にまくる)。理不尽な状況に何人かの人間が置かれ、死と隣り合わせの環境の中で主人公が生き抜いていく、といった類のものだ。
黒い球体に命令されて宇宙人を殺すものとか、ケータイにメールが送られてきて指示に従わないと死ぬものとか、マイナーなところでは、いきなりSNSの世界に吸い込まれ死なないように条件をクリアするものとか、とにかく多い。
昔からの鉄板の恋愛ものとスポーツもの、それに最近台頭している日常系に勝るとも劣らないほどの勢いがあるように感じる。
どうも自分はこの手の作品には疑問を持ってしまう。決して嫌いというわけではなく、読むことには読むのだが、どうしても首をひねってしまう。
そもそも、その残虐性そのものを描きたいのなら単に悪趣味な漫画でしかないし、何か別のことを描きたいのだとしたら、それは人間の生への執着であるとか力強さであるとかあるいは愛の美しさだとかその類であろうが、そのためにわざわざ意味不明な状況を設定し、散々に人を殺すのは些か表現としてはあまり上品でなく、また不器用な、そんな気がしてならない。人を殺す作品と言っても戦争漫画などのそれとはわけが違う(人を殺すことそのものの残酷さを糾弾するものではないからだ)。同じようなものを描く作品なら、先ほど挙げたような恋愛ものやスポーツものとか、あるいは裏社会ものの方がはるかにわかりやすいし、胸を打つ。ミステリー要素を楽しむ作品だとしたらなおさらだ。僕が読みたいミステリーは、名探偵が事件をスパッと解決するものであって、死と隣り合わせという地獄のような環境で大量の犠牲者を見せつけられながら、どうにかこうにか真実にたどり着くようなものではない。
とは言え、そのような残虐性を完全に否定するわけではないし、またそれが一種の表現として十分機能することも認めるが、ただただ自分にはこの手の作品がどうも素直に受け入れられないのである。極論すれば、こういった漫画に自分は心の奥底で穢れに近いものを感じているのだろう。
莫大な量・種類の漫画が市場には溢れていて、本当に面白いと思えるものを選ぶのはとても難しい。さらには、本当に面白いと思えるものを面白いと思うことすら難しくなっている。
そんなことを考えて、ほんの少し悲しくなった。